KY

空気を読む・読まないという事について

posted in 15:34 2009年06月20日 by 涼微
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とかく日本では「空気を読め」だの「KY」だのとうるさいところがあり、またそれが正しい事のように多くの人々の共通認識にもなっている。

私も昔、とある主に先生が一人だけで喋り続けている事が主な普通の講義のようなゼミにおいて、そのゼミ中に先生がたまに生徒に向かって意見を聞くために問いかけたりもするのだけれど、私以外誰も積極的に答えようとしないという事態に陥った事がある。そうした時に一緒にゼミを受けていた馬鹿な奴が「空気を読め」(こんなに口調は強くなかったけど)というニュアンスの馬鹿げた事を言ってくる。

果たしてここで言う「空気」とは何なのだろうか?それはもちろん禄に発言できない自分が恥をかかないように合わせてねという馬鹿げた同調圧力でしかない。要するに、自分が発言出来ないからあなたも大人しく黙っててねという事だ。もちろんこんな幼稚な意見に従う必要もないし、何も発言出来ないでじっとしている人間はただただ命令に従うロボットのようだ。いや、一つ違う点を挙げるとするならば裏でこそこそと言う事が出来るといったところだろうか。

そして、一般的に発せられる「空気を読め」というのは上記と同様の性質を持っている。つまり、そういう発言をする人が普通の事だと思っている言動の様式と違う事を言ったりしたりする人間が気持ち悪くて理解したくないので、場の空気と言う集団的な概念を持ち出してあたかも皆が思っているようにして、その人個人の意見を通そうとしているのだ。

だから、「空気を読め」という奴は卑怯者でいてさらにそれと同時に大概頭も悪い。なぜならそんな事を言っている時点で自分が理解出来る言動の範囲が狭いですよと言っているようなものだからからだ。という事で、「空気を読め」と無自覚に頻繁に言っている奴にはくれぐれも気をつけた方が良い。

他にも世間に広がっているある対象を貶める様な言葉(社会では通用しない・コミュニケーション能力が無いetc)にも大抵、発話者のエゴイズムや劣等感などの非分析的な態度が入っているので気をつけたほうが良いと思われます。

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