哲学のすすめ/梅原 猛・ 橋本 峰雄・藤沢 令夫 NO,5

posted in 17:44 2007年02月21日 by 涼微
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採点

90

項目

1、哲学を考える
2、哲学の問うもの
3、哲学の歩み
4、文献解題

哲学のすすめ/梅原 猛・ 橋本 峰雄・藤沢 令夫  NO,4  の続き

東洋の智慧

我々は、東洋人でありながらその東洋の宗教・哲学・思想のあまりの無知さには驚くばかりである。そこで、「東洋の智慧」と題して日本に関係の深い仏教儒教について書いておくことにする。

仏教

紀元前1500年ごろ、アーリア人はインドに移住し自由な思索にふけった。そして『ヴェーダ』の神話的思考からやがて『ウパニシャッド』の形而上へと移っていく。『ウパニシャッド』の思想でもっとも重要な意味を持つのは、大宇宙の原理としてのブラフマン(梵)と個人我としてのアートマン(我)の究極の一致の思想であろう。

その後、紀元前500年ごろシャカ族の王子としてゴータマ・ブッダが生まれる。彼は29歳の折に出家して苦行の末悟りをひらいた。その原始仏教の特色は『ウパニシャッド』のアートマン(個人我)を実態視することを否定して無我を説き、六師外道の極端な快楽主義や禁欲主義に反対して中道を説いたところにある。

この釈迦の考えかたは、次の四諦(四つの真理)の説にまとめることができる。

  1. 苦諦―人間の生存は苦しみであるという真理。
  2. 集諦―われわれの苦悩は、煩悩、とくに妄執にもとづいておこるという真理。
  3. 滅諦―妄執を制することによって苦しみを滅しつくした涅槃が解脱の理想郷であると言う心理。
  4. 道諦―この苦しみの止滅に導く修道法は八正道にほかならぬと言う真理。

この八正道とは、(1)正見―正しい見解(2)正思―正しい思推(3)正語―正しい言葉(4)正業―正しい行為(5)正命―正しい生活法(6)正精進―正しい努力(7)正念―正しい想念(8)正定―正しい瞑想、の事である。

釈迦の滅後、約100年たったころ、保守的伝統的な上座部(小乗)と進歩的な大衆部(大乗)に分かれた。特に大乗仏教においては、龍樹が現れその著書『中論』においては、自己と存在の絶対否定を通じて展開する真如といういのちの風光の世界を、論理的に表現したものである。

龍樹の中観思想と並び二大潮流をなすのは、無着、世親により大成した唯識の哲学である。この派では、世界は観念の表象であり、存在するものはすべて意識の所産だという。また、無明と解脱の他に、それらを媒介する縁起の世界を定立し三性説を唱えた。

その後仏教はインドから中国に伝わったが、そこでは文化形態の類似点がほとんど無く困難を極めた。しかし、それを克服して仏教は中国に広まったので、ある屈折と創造が生じた。この中国仏教を代表するものとしては天台と華厳が存在する。

天台の思想は、三諦円融・十界互具・一念三千の考え方に示されている。三諦円融において空・仮・中の三つの真理を円やかに調和を保って融合する。また、十界互具において地獄・飢餓・畜生・修羅・人間・天上・声門・縁覚・菩薩・仏の中の一界が他の九界を相含み、この十界互具により百界が成立し、そこからさらに十のカテゴリーと三つの世界に分け、これを乗じた三千がわれわれの一念にそなわることを一念三千とする。

華厳の思想は事事無礙法界の縁起の世界であり、これは個物がその独立性と創造性を十分に発揮しつつ、しかも大きな連体制が実現する世界である。このように、個人の絶対的自由と、個と他の個とのあいだの調和や連帯性との共存する世界の実現は人類最高の目標であるが、事事無礙法界の世界はわれわれの究極のすがたを示していると言える。

中国や朝鮮から仏教を受容した当時の日本は、高度な自覚的思想を形成していなかったので、比較的スムーズに仏教が入ってきたと言える。しかし、高度な自覚的思想は無かったとはいえ、日本文化の基本的性格は既に形成されていたので、日本的変容を遂げた。

その中でも空海の思想はスケールの大きさ、不変的性格において格別である。彼の思想は究極的実在、究極的価値―大乗仏教のいわゆる法身―がそのまま感覚的存在として捉えられるとし、われわれの感覚・言語・思による行為の純粋化を通じてこれと一致するという考えである。そして従来の立場を顕教といい、これを密教とした。また、人間の精神の発展段階を十に分けて説明し、真言密教の教えにおいて究極の位に達する。ここから出てくるのは、即身成仏の思想であり、われわれは真言(マントラ)を誦することにより、実在と感応道交する事ができるとされる。

空海の同時代、日本天台の創設者である最澄は完成を見ないまま死んでいった。その後、天台と密教の融合において成り立つ日本天台を完成させようとしたが、末法意識の高まりとともに、日本天台の一部である浄土教の思想が独立の物として発達することになる。

この浄土教は法然により大きな飛躍を遂げた。彼は仏陀の本願を選択し、信仰の純粋のみを救済の条件とした。当時の悟りのためには行と戒律を守ることが必須とされていた仏教から反撃をこうむったが、このように信仰の絶対性のみを要求する単純な教えは民衆の中に浸透していった。さらにこの道を親鸞が一歩進めることとなる。この様な法然や親鸞における「選択の思想」は寛容的であり、他の人々の可能性を否定しなかった点が特徴的である。

ところで、禅の道を深く進めたのは道元である。彼は、自己実現の方法として仏教の伝統に従ってひたすらな坐禅(只管打座)を説き、それ自身を究極のものとしていわゆる修証不二であるとした。そこには、有無を超えた龍樹の中道の世界があり、彼の一見単純に見える思想は大乗仏教の本質を捉えたものであった。

哲学のすすめ/梅原 猛・ 橋本 峰雄・藤沢 令夫  NO,6  へ続く

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