2009年08月

選挙の投票に関する合成の誤謬と個人的なスタンス(追記あり)

posted in 04:03 2009年08月30日 by 涼微
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7/23

衆議院が7月21日に解散されて、第45回の総選挙は8月18日に公示、30日に投開票される事になりました。ということで唐突に、選挙に関連して私が投票という言葉を聞く際に良く思い出す概念を一つ。

ある世代の人が、自分一人が時間を削って投票に行こうとも選挙結果が変わる確率は限りなくゼロに近いので投票に行かないという合理的な選択(合理的棄権仮説)をその世代の多くの人が実行すると、その結果当選した政治家が投票率の低い世代の意見を反映するインセンティブが薄くなり、その世代が無視されやすいという事態に陥ります。こういったミクロ(個人)の視点では合理的な行動だけどマクロ(全体)の視点では損になる現象を「合成の誤謬」といいます。

さてこの話を聞いた際に、それならマクロ的な視点で損にならないように投票に行くのがいいのではないかと思い実行する人とそれでも自分一人が投票しなくても結果は変わらないのだからやっぱり投票に行かないという、結局は「投票に行くか行かないか」の二種類の人間に分かれることでしょう。

私の意見としては、若者は、選挙に行かないせいで、四〇〇〇万円も損してる!? (ディスカヴァー携書)などの各種言論を通じてある世代の選挙意識を向上させる事は大変素晴らしいくどんどん広がっていけば良い事だと思いますが、そう思う事と自分が実際に選挙に行って票を投じるかどうかという事は全く別の問題だと思います。という事なので私は気が向けば投票しに行くし、気が向かなければ結果が左右しないであろう一票を黙々と投じに行く事はないでしょう。

ところで、ある人が選挙に行かない際の理由として語られる言説に「こんな腐りきった政治になんか関心が無いから」だとか「自分には関係の無い事だから」などの類のそもそも政治に無関心だからという言説もありますが、この言説と合理的棄権仮説的な言説は明確に区別する必要があります。というのも、前者は政治を放棄した姿勢なので投票以外の政治参加もする事は殆どありませんが、後者は限りなく意味の無い一票を投じる事以外の何らかの方法で政治に参加する可能性があるからと言えます。もちろんその活動の過程で合理的棄権仮説的な考えを持っている人でも投票に参加する事はあり得るでしょう。

正直、ある世代(特に若者)の選挙意識を向上させるという事に賛成ならこんな文章は書かない方が良いのですが、特にこの文章を書いたからといって投票人口の1%の人の意識でさえも変える事が出来るわけでもないので個人的なスタンスとしてここに記しておきます。

(追記)
考えられる批判
若年層の政治参加:夜明けまで3時間
選挙権という当然の権利の行使すらしない(できない)人たちが、それ以外の何か画期的な(革命的な?)手段で世の中を変えるなんてことは、ほとんど夢想ないし妄想だと思う。

「AすらしないならばBは出来ない」という主張の殆どに論理の飛躍が見られる。この事は対偶を取って「Bが出来るならばAは(既に)している」としてみれば分かる。この条件が当て嵌まるのはBが出来るための前提として必ずAをしなければならない場合だけである。

ただこの種の主張を良い方向に煽るために恣意的に使うならば、状況によっては使った方が良い事もある。

(8/28追記)

続・選挙には行かないはてなブックマークコメントが面白かったので、コメントしてきた。

一票投じることで、全体の何パーセントにあたるかも把握してないのに過剰に「意味がある」とか信じちゃう男の人って・・・・投票していようが投票していまいが、実際に殆ど影響を与えることができない意見はどちらも自己満足だよ。

(8/30追記)

はてなブックマークTwitterなどで色々と投票に関するコメントを見て回りましたが、「投票しないなら政治に意見する権利は無い」「個人が投票する事に過剰に意味があると思っている」「国が駄目だからもう何しても無駄」あたりがよくある平均レベルの考え方かな。(もっと酷い意見には「選挙に行く奴(行かない奴)は〜だ」という人格批判もある)

上述の通り個人が投票に行こうが行くまいが結果が変わる事はまずないし、意見する権利は無いなんて妄言も聞く必要も全く無い。本当に政治に関心があるならば個人が投票する以上の行動を取って関わっていけば良いことだし、万人が政治に時間を割けるほどの興味も余裕も能力もあるわけでもない。

まぁ、今日が投票日でどうやら時間が取れそうなので、私は投票に行くことになりそうだけどね。

参照URL
コント「影響力」

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深く物事を考え正確さを求めすぎる人が陥るかもしれない言葉に関する二つの現象

posted in 23:01 2009年08月24日 by 涼微
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思考はある程度深く広いけれどあまり喋る事が上手くない人の特徴は、喋る前にどう表現しようか色々と考えてしまうという点である。そういった特徴の人が上手く喋るためには、取り敢えず間違っててもいいのであれこれ言いながらだんだんと納得する表現に近づけていけば良い。

この考え方の元ネタは、岡田斗司夫のひとり夜話【GyaOジョッキー】シリーズの中のどれかの放送回の話から(要するに忘れた*1)。

普段から妥協せずに物事を深く考えすぎている人は、テンポが重視される対人の場での会話においても自分が言わんとしている最も適した表現を探そうとして、相手からの言葉の投げ掛けの返答に数テンポ遅れてしまうことが多々あるかもしれません。

こういった返答の遅れを頻発しがちな人がテンポよく喋るためには、取り敢えず直感的に思いついた言葉を切り返しておいて、相手と会話をあれこれやり取りしながら、徐々に自分が納得できる表現に持っていくという方法を取り入れてみるのが良いと思います。

これはつまり、普段思考などをしている場合に自分一人で練り上げている過程を会話のテンポや相手がいる事の都合・不都合により、多少相手に肩代わりしてもらうとも言えます。

自分が納得していない状態で言葉にすることを「気持ち悪く」感じる完璧主義者やそれに近い人にとって、この方法を試す事に違和感を感じると思いますが、そもそも日常会話においては言葉の完璧さを求めるよりも意見を伝えることの方が優先事項なので、さして意味のないことにこだわっていたことを理解し曖昧さに適応できるようになるかもしれません。

この、言語で完璧に思考を表現できるかかどうかということは、次の話題にもつながります。

岡田斗司夫 - Wikipedia
岡田斗司夫 - Amazon


ある程度の賢さを有しているけどアウトプットの量が少ない人はただ単に「正確さ」に拘り過ぎているだけかもしれない。しかし、そもそも言語自体が不正確な性質を持っているので「正確さ」を必要以上に求める行為は一種の強迫観念である。

この考え方の元ネタは、脳を鍛える―東大講義「人間の現在」 のp134〜p135辺りの以下の文章から。

正確という烈しい病
ヴァレリーは正確という烈しい病に悩んだ結果、文学も哲学も捨ててしまいます。「正確という烈しい病」にかかっている人は、きみたちの中にも沢山いるはずです。頭がいいといわれる若い人は、「正確という烈しい病」にかかることが多いんです。この病にかかると、正確でないことをいう人はみんなバカに見えます。自分が何かいわなければならないときは、あくまで正確なものいいをしようとして、ついに何もいえなくなります。

(中略)

時間を測定する距離を測定するといった物理的測定ですら、尺度のゆらぎを考えたら、絶対的正確さなんてありえないわけです。まして、言葉を道具として使う世界では、言葉そのものが内因性の不正確さをもつところから、絶対的正確さなんて求めて得られようはずがないんです。これを言語の不確定性定理といってもいいでしょう。だから、言葉を主たる道具として使う世界と、正確という烈しい病が両立するわけはないんです。”

そもそも使う道具が正確ではないのに、その道具を使って表現したものを完全に正確にしようとする態度は無理のある話だと言えます。それゆえ、こういった不正確な性質を持つ道具を使いこなすためには、内包する不正確さを認めるある程度の「適当さ」が必要なのでしょう。さもないと同時に実現できるはずのない正確と不正確の狭間で「迷子」になってしまいます。

もちろん、物事を深く考え正確さにこだわるといった行為は何かを創造する際に仕上がりを良くするためにどうしても必要ですが、不正確な特徴を持つ道具を用いる場合においてはある地点を越えて正確さを求めようとする行為は上記の通り不必要になります。

それならば、不正確な道具を使う際に正確さにこだわるべきではなくなる地点はどの辺りなのか、自分の能力と折り合いをつけながらその地点を探ってみるという作業は生きていく上で誰しも必要なことなのだと思います。

*1:8/24現在では20話から後ろしか見れません。

他の章も色々と面白いです。
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ギラン・バレー症候群の症状と個人的な体験ついて 〜大原麗子さんの訃報より〜

posted in 05:23 2009年08月09日 by 涼微
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女優の大原麗子さん、自宅で死亡…死後2週間以上

手足の神経がマヒして歩行などが困難になる「ギラン・バレー症候群」の治療のため、近年は芸能活動を休止しており、昨年11月、自宅で転倒して右手首を骨折した

リンク先の記事で知ったのですが、大原麗子さんはギラン・バレー症候群を患っていらしたらしい。私も足に類似の症状(*1)を発病したことがありますが、この病気はある程度重度のものになると疾患の部位に力が入らなくなって殆ど機能しなくなり(最も重度のものは四肢から体の中心部まで疾患が進行し呼吸器が麻痺して最悪死に至る)、トイレに行くことや食べ物を調達するなど普通の生活をする事が困難になります。

しかしながら、そもそもの発症率がかなり低く(年間2000人ほど)またあまり再発しない病気(5%未満)なので、こうして発症してしまい何度も再発されていたというのはかなり不運なことだと思われます。何はともあれ、謹んでお悔やみ申し上げます。

追記(死後2週間以上ではなかったらしい)

大原麗子さん「復帰したかった」…3日に「病死」と判明、8日密葬

参照URL

大原麗子 - Wikipedia
大原麗子さんの作品(Amazon)
大原麗子さんの作品(楽天)
すこし愛して、なが〜く愛して - YouTube

さて、このギラン・バレー症候群の原因は一般的に、まず体内に進入したある細菌に先行感染し、抗体が体を守るためにその細菌に攻撃するのを誤って自らの末梢神経を攻撃してしまい起こると言われていますが、まだ正しい事は分かっていないようです(*2)。

私が入院した際に行われた検査は、
1,発症前に下痢があったか、細菌に感染しやすい食べ物を摂取したかなど典型的な予兆について聞かれる
2,尿・便・血液を調べる
3,他の病気ではないかを調べるためレントゲン・MRI検査をする
4,神経の反応を調べるために各種筋電図の検査をする
5,背中から注射で髄液を取り出し抗体を調べる
6,それでも特定出来なかった場合、発症部位の近く(私は足首の横)の末梢神経を切り取って調べる
という事をやりました。

特に末梢神経を切り取る際には、そこに至るまでの皮膚と筋肉は局所麻酔を掛けるため痛みが軽減できるのですが、検査のために傷を付けてはいけないので末梢神経には麻酔をかけることができず、神経を切り取るとき激痛が走ったりします。切り口も見せてもらいましたが足がぱっくり開いて結構なグロさでした(*3)。他にも、針筋電図検査の電気を流すのが地味に痛かったりしますが、神経の回復具合を調べるため計四回ほど検査したりしました。

そして、この病気の治療方法は「免疫グロブリン療法」または「血漿交換療法」が主流で、これらの治療は数日間に渡って決められた量の血液製剤を投与し続けます。この治療をしている際は数時間点滴につなぎっぱなしなので移動するのに色々と不便だったりします。ここまでの検査・治療で初診から大体二十日〜一ヶ月ほどかかります。

その後、症状がある程度治まった後は発症部位を数日〜数ヶ月間動かしていない場合が多いので、割と長めの期間を要してリハビリをし元通りに動かせるようにする必要があります。一般的に予後は良好と記されていますが、後遺症が残る人も一定数の割合でいるようです(*4)。

恐らく、今回初めて「ギラン・バレー症候群」という病名を聞いた方が多いかと思いますので、自分や自分の周りの人が同様な特定の部位に力が入らない症状になった場合に病名の一つとして認知して迅速に対応出来るように(*5)、発症確率が低いながらも知っておいても損はないと思われます。

というのも、私が最初に動くのが困難になった際に「ギラン・バレー症候群」の症状を知らなくて肉離れか何かかと思ったので整形外科に受診しに行ったのですが、診察してくださった先生は全く当てがないような困った表情をしていました。医者も万能ではないので自分の専門外の病状を見せられても手の施しようがないということでしょう(参照:分からないときの振る舞いかた - レジデント初期研修用資料)。

その際に、いかに多くの病状を知っていて(または調べられる環境があって)適切な病院にかかりに行くことが出来るかというのが初期治療を迅速に受けれるかどうかという点で重要なことだと思われます。

最後にギラン・バレー症候群を違った方法で検査・治療をされている方がいらっしゃったり、何か医学的に間違っている所がありましたら、コメント欄などでつっこみを入れてもらえれば幸いです。

*1:症状はギラン・バレー症候群そのもの(末梢からの筋力低下)だけど、後述の様々な検査をした結果症状特有の抗体が見つからなかった(もしくは一定量以上が見つからなかった)。
*2:私が調べた限りでも先行感染が証明されない例や遺伝の影響が大きいなどの文章が見つかりました。
*3:執刀医によると好んで見る人はそんなにいないらしい…。
*4:私も足の速さや足首が曲がる角度が発症前ほどには戻っていないです。
*5:当然長時間放っておくよりは、発症して医者にかかるのが早ければ早いほど後々の治り具合が良い。

参照URL

ギラン・バレー症候群の発症機序解明へ向けて:研究の道のり
ギラン・バレー症候群 - wikipedia
ギラン・バレー症候群(ぎらん・ばれーしょうこうぐん) - 難病用法センター
ギラン・バレー症候群の家族内発症例

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