2006年12月

一ヶ月経過報告書!

posted in 15:43 2006年12月31日 by 涼微
Comments(0) TrackBack(0)   日記  このBlogのトップへ 前の記事 次の記事
当ブログも開始して、早一ヶ月ということで様々な観点から振り返ってみよう。

まずは、記事別アクセス数トップテンの発表!

 1位敗因と
    今月の来客数を支えた断トツのトップ!
KET SEE BLOGさんのおかげです有り難う御座いますm(__)m         
 2位世界の日本人ジョーク集
    まぁ記事二つあるしねぇ…
 3位言葉と声の磨き方
    なぜかグーグル検索7番目^^;
 4位…国家の品格
    ただブームに乗っただけ
 5位…φは壊れたね
    書評の中で最も短いのになぁ
 6位…手紙
    これも不覚にも記事二つ
7位…鏡の法則
    ただブームに乗っただけ2
 8位…二十一世紀に生きる君たちへ
    文字数が長いから検索にひっかるのかも     
 9位…レバレッジ・リーディング
    ちょっと初動が早かっただけ
10位…燃えよ剣
    よく分からん

次に、来訪者数の推移を日にちごとに追ってみていくことにしよう!

11/28…当ブログ開設日
〜12/4 純来客数平均
    短い書評書いてたけど、まぁ仕方がない

12/5…トラックバック・書評紹介開始
〜12/6 純来客数平均10
    おそらくトラックバック先の方が訪れてきてくれた分増加

12/7…カテゴリ別・あいうえお順設置
〜12/10  純来客数平均25
     トラックバック数増加

12/11…国家の品格ブーム 純来客数約40

12/12
〜12/19 特に変わりなし 純来客数平均30

12/20…自分が書いた書評もトラックバック化
〜12/21  純来客数平均35

12/22…第一次敗因とブーム 純来客数約50

12/23
〜12/25 特に変わりなし 純来客数平均30

12/26
〜12/27 第二次敗因とブーム 純来客数約80人

12/28…連続更新記録ストップ  純来客数約35

12/29
〜12/30…雑記一覧表設置  純来客数平均50人 

ランキング
人気ブログランキング書籍部門 最高位40位 最近60位前後

ライブドアブログランキング 書籍部門 最高位46位 最近55位前後

アフェリエイト
  1038円

問題点・改善点
・読み・書きのスピードが遅い…本当は一日に3つぐらい記事出したいんだけどなぁ。

・内容を改善する…はい、精進していきたいと思います。

・読む本が古い…図書館中心だからなぁ。

・紹介記事は一過性だから極力減らす…興味ある本の調査だけにして、雑記を増やすなどして、出来るだけ文章書きます。

・リピーターが少ない…死ぬ気で内容を改善したいと思います。

・アフェリエイトが少ない…これが増えればバイトの時間が、学問とブログ更新の時間に変わるのになぁ。

総括
今月はアウトラインを決めるのと、ブログに慣れるのに苦労した月であった。

しかし、一ヶ月も経つとさすがに、書くスピードが5倍ぐらいになった。

来月(来年)は書く量を増やして、内容を充実していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いしますm(__)m



ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する/スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー(訳) 望月 衛(訳) 望月 衛

posted in 15:25 2006年12月31日 by 涼微
Comments(0) TrackBack(0)   経済・経営  書評・本 このBlogのトップへ 前の記事 次の記事


採点
 75点

内容
世の中の通念の裏側を探求し綴った本

項目
序章 あらゆるものの裏側―この本のサワリ:道徳が私たちの望む世の中のあり方についての学問だとすると、経済学は実際の世の中のあり方についての学問だ。
第1章 学校の先生と相撲の力士、どこがおんなじ?―インセンティブの美しさとその暗黒面であるインチキを追究する。
第2章 ク・クラックス・クランと不動産屋さん、どこがおんなじ?―情報は最強の力である。とくに悪いことに使うときは。
第3章 ヤクの売人はどうしてママと住んでるの?―通念なんてたいていは張り巡らした嘘と、私利私欲と、ご都合主義にすぎないことについて。
第4章 犯罪者はみんなどこへ消えた?―犯罪のウソとマコトを仕分けする。
第5章 完璧な子育てとは?―差し迫った疑問をさまざまな視点から追究する:親でそんなに違うもの?
第6章 完璧な子育て、その2 あるいは、ロシャンダは他の名前でもやっぱり甘い香り?―親が子供にする最初の儀式、つまり赤ん坊に名前をつけることの大事さを測る。
終章 ハーヴァードへ続く道二つ―データの信頼性が日々の偶然に出合う。

読んだ動機
経済の裏側を知りたかったから

こんな人にお勧め
世の中の通念をひっくり返す方法が知りたい人

内容のレベル
    7

通念論破論

通念の抜け穴
通念を覆すためには、まず通念が広がったパターンにどんなものがあるのかを知る必要がある。様々なパターンが考えられるが、その中でも通念を覆すために用いることが出来るパターンは、少なくとも二つあると考えられる。

一つ目は本書にもある通り、誰か影響力を持った人間なり組織が間違った意見を発し、それが世間に広がってしまったパターンだ。要するに、ある道の専門的な立場の者が、意識的にせよ無意識的にせよ、発した間違った意見を、その道に対する情報が少ない大衆が鵜呑みにしてしまって、間違った通念が出来上がるというパターンだ。

もう一つは、ある集団で自然発生的に共通の通念が出来上がったのだが、時代が経つにつれてその通念が古く、時代にあったものでないにも関わらず、新しい通念に取って代わらないパターンである。先ほどのパターンと違う点は、先ほどの場合は、個人または少数の影響力のある者から、ある程度作為的に発信され、集団に浸透していったものであるが、こちらは集団で自然に発生し、共通認識が間違ったまま続行されている点である。

通念論破法
さて、上で挙げた二つの通念の抜け穴を破るには、本書の通り、3つのインセンティブを使うのがよい。その三つのインセンティブとは、経済的、社会的、道徳的なインセンティブのことである。

それぞれを簡潔に説明すると、経済的インセンティブとはお金が増えるか減るかを考慮するという事で、社会的インセンティブとは法律・規則を考慮する事であり、道徳的インセンティブとは他人の目を考慮することである。

では、なぜこういったインセンティブで通念を論破できるのかというと、通念とは往々にして、インセンティブから起因するはずである事象の本質を捉えていない場合が多いからである。それは、つまり通念とはある事象に対して正しくインセンティブを考慮していないので、間違った捉らえ方または、ただ表面だけを追った捉え方をしていることが多いと言い換えることが出来る。

よって、3つのインセンティブから物事を深く洞察していくと、通念では計り間違えた部分が見えてくるわけである。その例は本書を読んでもらうと分かりやすいのだが、解説のために一つ挙げておこう。

通念…相撲界ではインチキがない
力士の経済的インセンティブ(一例)…番付が上がると給料や地位が上がる
力士の社会的インセンティブ(一例)…みんなで口を閉ざせば規則を破っているのがばれない
力士の道徳的インセンティブ(一例)…隠れた所でインチキをすれば人目に付かない

少し考えてみただけですぐ挙がるのだが、もっともここからデータを集めて、それを分析し確かな裏づけを取ることが重要であり、その過程がないと机上の空論になってしまうから注意しよう。

こういった方法で通念の裏を考え、データを分析し裏づけを取る。考えただけで知的好奇心が沸いてこないだろうか?ぜひ、本書を読んで実践方法を見て試してみたらよいのではないだろうか。

さて、わたしも消されないように注意しよう (笑

本書へのちょっとした小言
あまり小言を言うのは好きではないが、二つ言って個人的にすっきりしておこう。

一つ目は、不自然な日本語訳が割とあるという点で、二つ目は終盤子育ての話に偏りすぎであるという点だ。

まぁしかし、特に支障はないからオッケーということにしよう。

ランキングの裏側を探りつつ人気ブログランキングに参加中。

こちらのブログも巡ってみよう!

今日、僕が学んだこと。〜一歩ずつ愚直に前進、プチファイ・ライフ〜


大竹文雄のブログ


wrong, rogue and log


不惑への道(The Road to 40)


harv-ganbare流☆ happy enjoyこだわり日々の生活♪


神は細部に宿り給う


Future is mild


マインドマップ的読書感想文



インテリジェンス 武器なき戦争/手嶋 龍一・佐藤 優

posted in 07:56 2006年12月31日 by 涼微
Comments(2) TrackBack(1)   書評・他サイト  社会 このBlogのトップへ 前の記事 次の記事


内容(「MARC」データベースより
東京には世界中のスパイが集結し、日夜情報収集に励んでいる。一方、日本の弱腰外交は明らかに情報の欠如を露呈し、国家の存亡の危機にある。外交の裏側がよくわかる、「大国・日本」復活のためのインテリジェンス入門書。

項目
序章 インテリジェンス・オフィサーの誕生
・インテリジェンスは獣道にあり
・情報のプロは「知っていた」と言わない ほか)
第1章 インテリジェンス大国の条件
・イスラエルにおける佐藤ラスプーチン
・外務省の禁じ手リーク発端となった「国策捜査」 ほか)
第2章 ニッポン・インテリジェンスその三大事件
・TOKYOは魅惑のインテリジェンス都市
・七通のモスクワ発緊急電 ほか)
第3章 日本は外交大国たりえるか
・チェチェン紛争―ラスプーチン事件の発端
・すたれゆく「官僚道」 ほか)
第4章 ニッポン・インテリジェンス大国への道
・情報評価スタッフ―情報機関の要
・イスラエルで生まれた「悪魔の弁護人」 ほか)

この本のおすすめ書評@ブログ

4日ぶりかつ、今年最後の本紹介は、最近売れている本書にしよう。

概要・意見
不肖Tamayan.com駄弁録


著作者分析
404 Blog Not Found


意見
Espresso Diary@信州松本


感想
Fukuma's Daily Record


意見
ネットビジネスの世界で七転八倒するビジネスマンのブログ


ということで、日本の外交の実情及び外交の一改善点が分かる一冊である。

日本外交の未来を憂いつつ人気ブログランキングに参加中。

(雑記)自然における現代への有効性(前編)

posted in 19:01 2006年12月30日 by 涼微
Comments(0) TrackBack(0)   雑記・意見  このBlogのトップへ 前の記事 次の記事
今日は、朝から字を見続けた状態だったので、昼頃に頭が痛くなってしまった。そこで、いつもは薬を飲んで、寝て直すのだが、今日はふと昼飯でも食べながら自然にあたっていれば、治るのではないかと思い発ち、近くのダイエーで昼飯を買って、こんなくそ寒い中、川の傍の公園で寝そべりながら昼飯を食べたわけであるが、その時気付いた自然における現代への有効性を記述していこう。

三次元的空間性感覚
これは、遠くの木や雲を見て思ったのだが、物体が密集している家の中あるいは都市部といった空間と物の見方が全く違うのである。物体が密集していると、どうも空間が二次元的に見える。これはパソコンやテレビなどのモニターにより無意識的に物体を二次元的に見るよう刷り込まれている弊害ではないかという懸念がする。しかし、それとは違って、外に出て少し遠くのものを見続けていると物体が本来の三次元に戻っていくのである。これは、別に嬉々として語るものでもないが、恐らく、長く自然に出て遠くを見てない人は、知らず知らずの内に物体を二次元的に見ているのではないかというきらいがある。

この物体を二次元的に見ることについては、様々な懸念がある。まずは、目が悪くなることである。これは、普段から自然を見ているアフリカの民族は視力が抜群にいいという報告からも分かる通り、二次元的に物を見ると目が悪くなるのである。ちなみにこれは、普段近くのものを見る事により遠くのものを見る必要性がなくなり、目の焦点が近くになる事にも起因している。

また、もう一つの懸念は、そのまんまだが、三次元的な物の見方が失われるということである。これはつまり、物体は本来三次元な物なのに、二次元的視点でしか捉えることが出来ないという事である。これによる弊害は、普段生活している中で様々なところに現れる。例えば普段街を歩いているときでもこの空間認識能力がない人は、相対する物体なり相手との距離感が掴めずに避けるのが困難になっている。これについては、うすうす感じていたのだが、普段道を歩いているとき、距離感を掴めないのかよく人や物体とあたるぎりぎり直前に避ける人が多い気がする。

以上のように三次元的な感覚の重要性を論じてきたが、要するに家や都市に篭っている人は、自然のある所に出て遠くを見てみると、何か新たな発見があるかもしれないよということだ。



(雑記)自然における現代への有効性(後編)

posted in 19:00 2006年12月30日 by 涼微
Comments(0) TrackBack(0)   雑記・意見  このBlogのトップへ 前の記事 次の記事
頭痛・肩こりへの効き目
さて、今日わたしが自然に出た目的はどちらかというとこちらの方なのだが、頭痛への効果は寝て治す場合よりもてきめんであった。では、なぜこんなに効果があったか考えてみることにしよう。

そもそも、なぜ今日頭が痛くなったかというと恐らく、朝から↓の姑獲鳥の夏の書評を書き、ザ・マインドマップを100ページ読んで、英語と簿記をひっきりなしにやっていたからだと思われるが、ようは近くの字を見すぎて、目が疲れ、その代償として頭が痛くなったのだろう。これを解決するために今までは、薬を飲んで寝ていたのだが、どうも効く時と効かない時があり、一か八かの治療法だった。では、なぜ効かない時があるかというと、おそらく目の疲れが取れるほど深く眠れてないことが原因なのではなかろうかと考えるのが限界である。そもそも、寝すぎると頭が痛くなる時があるのだが、それは、寝すぎで逆に疲れるのではないかと思われる。

では、話を本筋に戻して、自然に接するとなぜ頭痛が治るのかという事について考えてみると、少なくとも二つのことが考えられる。一つ目は、先ほどの話と繋がるのだが、遠くを見る事により目の緊張がほぐれ疲れが取れるのではないかということだ。これは、近くのものを見続けると目が疲れるという説に起因しているわけであるが、それを逆に考えると、遠くのものを見続けると疲れが取れるということになる。まぁ、別に異論はないがそれなら目を瞑っていても、つまり、寝ることによっても目の疲れが取れるわけでそれじゃあ何で治らないことがあるのかという話になってくる。

そこで、もう一つの要因が示唆される。それは、室内の空気が悪いから頭が痛くなったのであって、外に出て脳の空気を入れ替えることで頭痛が治ったのではないかという事だ。なるほど、これもありえる事である。これは、頭の中の空気が古いと頭が痛くなるということになる。

しかし、以上二つの説を汲んだのならわざわざこんなくそ寒い中外に出なくてもよかったことになる。なぜなら、部屋の窓を開けて空気を入れ替えながら、目を瞑って休めば治るということになるからである。これでは、苦労がうかばればいので、無理やり第三の理由をつけることにしよう!そう、外に出て気分転換したことによって頭痛が治ったのだと。

これから週一は自然に接しようと考えつつ人気ブログランキングに参加中。



姑獲鳥の夏/京極 夏彦

posted in 13:02 2006年12月30日 by 涼微
Comments(0) TrackBack(1)   書評・本  小説 このBlogのトップへ 前の記事 次の記事


採点
90点

内容
作者の知識を豊富に使った怪奇小説

あらすじ(「BOOK」データベースより)
この世には不思議なことなど何もないのだよ―古本屋にして陰陽師が憑物を落とし事件を解きほぐす人気シリーズ第一弾。東京・雑司ケ谷の医院に奇怪な噂が流れる。娘は二十箇月も身籠ったままで、その夫は密室から失踪したという。文士・関口や探偵・榎木津らの推理を超え噂は意外な結末へ。

読んだ動機
京極氏の小説は面白いと評判だったため

こんな人にお勧め
京極夏彦小説の一作目を読みたい人

内容のレベル
    8

京極小説の考察
今回初めて、京極小説を読む機会を得たのだが、率直な感想は、過去読んだ小説の中でトップを争うぐらいくらい面白かった。では、どんな点が面白かったのか考察していこう。

専門知識による面白さ
まず挙げられるのは、彼の専門的な知識に拠る、新たな発見に起因するものである。この作品における専門知識は主に、脳の働き、妖怪の文化・陰陽道の二つに大別できるのだが、それぞれに深い理論がつまっており、知的欲求が満たされることになった。

脳の働きにおいては認識論とでも呼ぶべき理論が展開されていた。これは、簡潔にいうと、なんらかの刺激の入力に対して脳が処理を行うことで、出力に変わるということである。例えば、視覚からある物体に対する刺激が入力され、脳がそのことについて処理を行うと、実際目でその物体が見えるという出力が起こるということである。

この理論は興味深いものではないだろうか。というのも、今見ていること、聞いていることは、実は脳の中で作られた幻想かもしれないということになる。つまり、実際存在しているある入力に対し、脳がなんらかの理由でそれを処理しないで、出力にも出てこないという事である。

そう思うと、すべての事に疑問が生まれてくる。例えば今見ている世界は、自分の都合のいいように脳が解釈しているだけの世界で、他の人が見ている世界とは全く違ったものなのではないか?という疑問だ。こういった疑問を際限なく続けていると本書に出てくる関口君がいったように何も信じられなくなってくる。

しかし、こういった疑問は他の点も示唆している。例えば先ほど挙げた疑問でいえば、自分が見ている世界と他人が見ている世界は違う、要するに、自分が考えていることがすべて正しいというのは、全くもって見当はずれな考え方であると。しかし、このことが分かってない人がいかに多いことか。自分が正しいと勘違いし、相手の意見が受け入れられないで、ひどい時には戦争にまで発展するのである。よって本書を読んで少しでも意見の相違に気付いたらどうだろうと言いたい。

さて、次に妖怪文化と陰陽道についてだが、こういったものは往々にして、様々な考えつかない、または考えたくない現象を代弁しているものである。本書では座敷わらしの例が採り上げられていた。これは、ある共同体の中で貧富の格差が起こった時にその格差を代弁するための妖怪である。というのも、貧しいものにとって、いきなり富んでいる者が出ることは様々な負の感情が出るものと思われる。そこで座敷わらしのせいにし、富んだ者が出た現象を抽象的に表現することにしたのである。

そして、そういった原因もだんだん時間が経つにつれ、よく分からなくなり、その対象になった家に対する負の感情だけが残ることで、以前と違う根も葉もない噂がたち、その場所を発つことでしか負のスパイラルを逃れることが出来なくなるのである。

ストーリーの展開性による面白さ
次に挙げられのはこれではないだろうか。具体的に言うと、次々に興味をそそる目新しいことが起こるので、先が気になることにより、一気に数百ページ読み上げた部分などもあった。これは、文章の運びがうまいことも示唆している。

以上、二点が今作におけるわたしの中で主要な京極小説の面白さだが、果たして次作もこの要素は、続いているのか、是非読んでみたいところである。

最後に
今更で恐縮だが、今作が彼のデビュー作だと聞く。そして、確かに新人離れしているところがある。これなら、熱烈なファンも付くはずである。

次の小説も京極作品しようと考えつつ人気ブログランキングに参加中。


こちらのブログも巡ってみよう

床花


よろず屋の猫


お気に入りの一冊


gekka blog




バカの壁/養老 孟司

posted in 06:09 2006年12月29日 by 涼微
Comments(0) TrackBack(0)   書評・本  このBlogのトップへ 前の記事 次の記事


採点
75点

内容
人が知らず知らず作る壁の説明

項目
第1章 「バカの壁」とは何か
第2章 脳の中の係数
第3章 「個性を伸ばせ」という欺瞞
第4章 万物流転、情報不変
第5章 無意識・身体・共同体
第6章 バカの脳
第7章 教育の怪しさ
第8章 一元論を超えて

読んだ動機
高校時代の国語の先生が勧めていたのを思い出したから

こんな人にお勧め
1、脳について知りたい人
2、自分が知らず知らず作る壁の原因や影響を知りたい人

内容のレベル
    6

壁の逆説性

(背景)
本書では主に、脳が自動的に作る壁についての弊害について書かれていたのだが、果たして弊害ばかりの機能が身体的に維持している事は普通のことなのだろうか?そいういった機能には、人が生きていく上で何かプラスに働いていることがあると考えるのが妥当である。よって、まずはその事について考えていくことにする。

その点で、本書にも書いてあったことだが、何か嫌悪を感じることについての脳による無意識な遮断である。この機能が働くことで、日常を生活をしていく上で精神にあまり負荷が掛からないようにしていると考えられる。それもそのはず、人間とは自分の意見に相反する意見を受け入れ難い、精神的に弱い生き物だから、自分に不都合なものを自動的に遮断し都合の良いほうに持っていく方が楽だからである。

しかし、こういった考え方は個人的に見ると確かにプラスなのかもしれないが、全体的に見ると往々にしてマイナスに働くことが多い。というのも、無意識に遮断された後に残っている情報しか脳に残っていないので、どうしても偏った考え方に陥りやすい。その結果、様々な凝り固まった主張が対立して双方を受け入れる事が出来なくなるからである。

(解決案)
そこで、本書の内容によると話しても無駄だから諦めろといったニュアンスだったが、言い換えると、多くの人は自分の主張に反する事を受け入れる事が出来ないほど柔和性がないから無駄だと表すことが出来る。

しかし、果たしてそうだろうか?そもそも、相手の主張を受け入れられない事態に関しては、少なくとも二つの可能性がある。一つは全くもって自分の主張が正しいと思っているから受け入れられないケースと、もう一つは、ある程度相手の主張は受け入れているが、ある種の意地で自分の主張を押し通そうとしているから受け入れられないというケースである。壁といったニュアンスは主に前者のケースを指すのであろうが、果たして皆が皆自分の主張のみが正しいと思っているのだろうか?

わたしは、皆どこか自分の主張も譲歩する点があるとある程度気づいているという立場から、単にある種の意地を張っているだけと考える事により、双方が納得できる解決案があると考えている。というのも、相反する二つの主張が最終的に求めているのは自分の利益である。短絡的だが、最終目標が同一に表される利益であるという事は相互に利益を得られる中立点があると考えられるからである。

反論としては、利益の方向が逆だから互いに受け入れられないのではないか、ということが考えられる。しかし、利益における最も重要なファクターと考えられるものは双方の立場の保持ではないだろうか。というのも、本書で議題にしている、イタズラ小僧と父親、イスラム原理主義者と米国、若者と老人、の主張の相反においては、自分の立場を保持したいから対立するものと考えられるのである。そう考えられる以上、どこか壁となっている主張を解せば、大概のことは相互理解が得られ双方ともに共存する道があるのではないだろうか。

「大概のことは」と書いたのは、正直わたしではよく分からない点が多々あるからであり、結局は机上の空論となっているからだ。例えば、人を殺す欲求を持つ人と共存する道を考える事は、そういった人たちの心理をいまいち理解できない以上共存するのを許容することが出来ない。しかし、端から理解出来ないと突き放して壁を作るよりは、何か具体案を考える方が建設的である。まぁこれにもいろいろ反論があるだろうけど。

最後に、そもそも作者自身が「話せば分かるなんて大うそ」という壁を作っているのがよく分からない。逆に考えた「話せば分かり合える」というのと、どちらが壁かというと一目瞭然である。

以上、壁だらけの文章を書きつつ人気ブログランキングに参加中。

こちらのブログも巡ってみよう!
nlog(n)


情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)


読書ブログ


リサイクルマスターの平凡な一日


逆に日記。




サイト内検索
トラックバック
MenuBar2 (角沢研(仮)‐岡本倫 ノノノノ、エルフェンリートのファンサイト (PukiWiki/TrackBack 0.3))
歴史・平和ボケ・一つの結論方法・エルフェンリート
燃えよ剣(上)・(下) (おこって、おこって、ないて、わらって。)
燃えよ剣/司馬 遼太郎
トラックワード
あわせて読みたい


フィギュア動画